実の技
兎にも角にも本番に弱い。
緊張などとは全く無縁のような顔をしておいて、舞台裏では指先が氷のように冷たくなるし、心臓のテンポがpiù mossoになる。
いざ舞台に上がるとプライドだけは最後まで残っているので、余裕そうな顔を作ることだけに全力を注ぐことになってしまう。
もっと、あるだろう。アリアを歌うことがほとんどなのでそのオペラの流れを汲んでジュリエットだったらジュリエットの心情を思うとか、大きな1つのフレーズを心がけるとか、全身の力を抜くとか。
それがいざ舞台に立つと1つも出来なくなる。
舞台に立った私はもうジュリエットではないし、ロミオのことなんて考えている余裕はない。ただ余裕そうな顔を作ってお辞儀をして、縮こまって歌うだけだ。
緊張に打ち勝とうと小手先のことばかりする情けない私がそこにいる。
昨日の入試だってそうだ。絶対に受かるし、特待の程度を決めるくらいの入試なのに結局歌い終わった私には何も残っていない。
胸から上がガチガチに固まって機械音のような声で歌った。
いつまでこうなんだろう。
だから「◯◯のお母さんいたね!」「先生来てたね(笑)」なんて人たちが信じられない。嫌味じゃなく、なんで本番にそんな余裕があるの?
もっと大きな大きな音楽を、アリア一つに終止しない流れの中で私はジュリエットにならなければいけない。そして、余裕を持ち堂々とするべきだと思った。
客席にかとべんが居たら見つけられるくらいに。